アラフォーオタクの日記

何故か妻子持ちのアラフォーオタクの日記です。作品の感想、自己流の仕事のコツなどを書いていきます。

「武士の家計簿」 加賀藩御算用者・猪山家の出世と士族の没落

こうして家計が安定した猪山家では父・信之が亡くなり、息子・直之と孫・成之に世代交代していた。時は幕末。成之は戦争真っ只中の京都に出向を命じられ、加賀軍の物資調達や費用工面などの補給を担当した。単細胞の猪武者にはできない重要な仕事である。

 

戦争が終結すると成之はその手腕を買われ、新政府軍の海軍事務を担当した。御算用者としての忠勤ぶりを見て、官軍司令・大村益次郎に推挙してくれた人がいたのだ。成之の給料は600万から3600万に増えた。算盤侍と馬鹿にされた猪山家だが、個人の武勇よりも、戦局全体に影響する補給のほうがよほど重要だ。先祖代々、日本最大級の藩を管理してきた能力を時代がやっと評価してくれたのだ。

 

一方で時代の波に乗れず、困窮していく武士は本当に悲惨だった。公職に就けた士族は全体の16%。当然縁故が大きく影響したし、武士社会の外でも通用する普遍的な知識・技能を持った人が登用された。民間に放り出された武士たちは、御算用者の金勘定すら「恥ずかしい」と見なした人だから、企業の営利活動に耐えられるわけがない。結局、幕藩時代の家禄に応じた僅かな俸給(年金)と福祉事業で、100~200万程度の年収を得て細々と暮らしていくケースが多かったようだ。ただ、こうして惨めな思いをした士族は子どもの教育に力を注ぎ、そうして生まれた人材が日清・日露戦争に大きく貢献したらしい。現代的な目で見れば、江戸時代の滅私奉公の精神が次世代に受け継がれてしまい、日本の精神文化に良くない影響を与えたともいえる。

 

幕藩体制という温室から、いきなり明治の寒空に放り出された人々には同情するが、そもそも武士は本質的に消費しかしない階層であって、労働によって価値を生み出し、社会の発展に寄与するという役目を果たしてこなかった(この点は現代の公務員も同様である)。伝統と格式は立派だが、権威の裏付けがなくなった途端、生活できなくなったのも当然である。旧時代の遺物に予算を割くほど、新政府も裕福ではない。士族年金は明治10年頃には廃止され、武士と公金の繋がりはこうして断たれた。

 

猪山家が磨いてきた巨大行政の管理の知見は、明治という新時代の確立になくてはならないものだった。だからこそ、中堅のプロ野球選手並みの年収を得られたのだ。現代ではこうした「模範解答がある知識」はAIに取って代わられる可能性が取り沙汰され、単体で社会を生き抜く武器にはなりにくくなっているかもしれないが、決して無駄にはならないし、むしろ誰もが持つべき必須の知識である。私も改めて勉強をしなければならないなと思わされた。